東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1334号 判決 1968年6月24日
控訴人(被告)
藤倉八郎
被控訴人(原告)
福田うめ
ほか三名
主文
原判決中控訴人に関する部分を次のとおりに変更する。
一、控訴人は被控訴人福田うめに対し五二万七三五四円、被控訴人福田きみ、同福田米子、同高橋八重子に対しそれぞれ二五万一五六九円の各支払をせよ。
二、被控訴人らのその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用中被控訴人らと控訴人との間に生じた分は第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり訂正附加するほか、原判決の事実摘示のとおりである。すなわち、控訴人は「一 福田八郎は自転車を使用して野菜の小売、却を業としていたもので、いわゆる肉体労働を主とするものであつた。そうして六〇才を超えた老人の体力は一年毎に急速に減退すると見るのが通常である。したがつて、肉体労働を主とし、かつ、ぜんそくを持病としていた六二才の福田八郎の就労可能年数は平均余命の二分の一にも足らないと見るべきである。二 福田八郎は本件事故当時、老令であるのに、飲酒のうえ、米二升、小豆五升、卵一箱、胡瓜一箱を自転車の荷台に積込んでいたので、自転車のハンドル操作が自由にできない状態であつたのであるから、徒歩で自転車を押し道路の左端を安全に進行させるべきであつた。本件事故の発生は被害者側にも大きな過失があるといわねばならない。」と述べ、証人飯田盛雄の証言および分離前の控訴人川崎幸助本人の尋問結果を援用した。
なお、原判決事実欄第一、四、(1)の末尾の二〇万二〇四八円とあるのは三〇万一五七六円の誤算と認められる。
理由
一、川崎幸助が昭和四〇年六月二三日午後三時三〇分ころ千葉県東葛飾郡流山町下花輪一二二五番地道路上を野田市方面より松戸市方面に向け大型貨物自動車(千一せ四七六六号ダンプカー)を運転進行中、右路上附近において、折から右道路を同方向に向け自転車で進行中の福田八郎に対し、右自動車の左前部を追突させて路上にてん倒させ、同人に頭蓋骨骨折および胸部打撲傷の傷害を与え、これにより同人は翌二四日同町三丁目六〇番地山崎泰治病院において死亡するに至つたことは、当事者間に争いがない。
二、〔証拠略〕によれば、控訴人は藤倉商店の名で砂利販売を業としているもので、松戸市などの建材店などに砂利販売の得意先を持つていること、本件自動車は川崎幸助が月賦で買入れたものではあるが、川崎は本件事故当時まで三年以上も自動車持ちで藤倉商店の仕事に専属従事しており、本件自動車の車体には藤倉商店と書いてあること、控訴人は川崎に指示して利根川などの川砂を本件自動車で運搬させこれを控訴人の得意先に控訴人の名で納品させていること、砂の買入は当初は川崎が自己の資金で行つたこともあつたが、昭和三九年以降はこれも控訴人の資金で行われるようになり、その販売代金も川崎に支払われるのではなく納品先から控訴人に支払われ、川崎は控訴人から運賃名義の金銭を受取るものであること、川崎は一ケ月のうち平均二五日間も右のような形で稼働し控訴人の代車というつもりで仕事をしていること、本件事故も右のように川崎が控訴人の指示で本件自動車に川砂約八トンを積み控訴人の得意先である松戸市の伊藤建材店に運搬していた際に起つたものであること、
以上の事実が認められ、これによれば、控訴人は本件自動車の運行につき支配権を有しかつその運行利益を享受していたもので、自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる自己のために自動車を運行の用に供する者ということができ、前示の福田八郎の死亡事故は右自動車の運行によつて生じたものであるから控訴人はこれに基く損害を賠償する義務あるものといわねばならない。
三、被控訴人福田うめが福田八郎の妻で、被控訴人福田きみ、福田米子、高橋八重子がそれぞれ長女、三女、四女であることは当事者間に争いがない。そうして、本件事故により、被控訴人福田うめが葬儀費用として合計一〇万四八五円を支出したこと、被控訴人らがそれぞれ強い精神的打撃を受けこれを慰藉するためにはそれぞれ被控訴人らの主張する金額を要すると認めるのが相当であること、ならびに本件事故当時福田八郎が自転車を利用して野菜などの小売や卸販売を行い月収四万五〇〇〇円ないし五万円を得、本人の生活費として毎月約二万五〇〇〇円を必要としていたので同人の毎月の純収入は約二万円であつたと認められること、以上の事実についての当裁判所の判断およびその理由は、原判決理由四(一)ないし(三)ならびに五(一)および(三)のとおりであるからこれを引用する。
次に、福田八郎の得べかりし利益について検討すると、〔証拠略〕によれば福田八郎は本件死亡当時六二才であつたことが明らかで厚生省の第一〇回生命表によれば六二才の男子の平均余命が一三年余であることは公知である(第一一回生命表によつても同様)から、福田八郎は本件事故がなければ約一三年間なお生存しえたものと一応考えることができるが、〔証拠略〕を綜合すれば、福田八郎は平素元気で毎日中古の重量用自転車の荷台に籠をつけて農家から野菜や鶏卵、米などを買集め、これを青果市場に卸したり小売したりしていたもので、連日相当の肉体労働をすることにより前認定の収入を得ていたことが認められる。この事実に照らすと、福田八郎がなお数年は右と同程度の肉体労働を続けることが可能であつたと考えられるが、同人には喘息の持病があることも右の証拠から伺われ、その年令をも考慮すると、同人が前記余命と同一の期間従来と同程度の労働を続けることができたと考えることは到底無理で、その就労可能年数はせいぜい六年間と認めるのが相当である。
そこで、福田八郎が六年間、前認定の二四万円の年間純収入を得られるものとして、本件事故に基く死亡により喪失した得べかりし利益をホフマン式(年毎)にしたがつて計算すると一二三万二〇六四円となる。
そうして、同人の死亡に対し自動車損害賠償責任保険により一〇〇万円の保険給付がなされたことは被控訴人らの自認するところであるから、これを差引いたうえ、被控訴人らの前示の身分関係から明らかな相続分(被控訴人福田うめ三分の一、その余の被控訴人ら各九分の二)にしたがつて計算すると、福田八郎の喪失した得べかりし利益については、被控訴人福田うめは七万七三五四円、その余の被控訴人らは各五万一五六九円を承継取得したものと認められる。
四、控訴人の主張する過失相殺の点について検討するに、本件事故当時福田八郎が重量用自転車を、荷台に籠をつけ、野菜、鶏卵、米などを積んで運転していたことは前項に認定したとおりであり、当審における川崎幸助の尋問結果によつても右の積荷は相当に重かつたことが伺われるけれども、前認定の福田八郎の体力などを考慮すれば同人が自転車の運転を安全にできないほどであつたとは認められないし、同人が当時飲酒のうえ自転車を運転していたことを肯認するに足る証拠もない。右川崎幸助の尋問結果中以上の認定に反する部分は信用できず、他に、本件事故の発生について、被害者側にも過失があつて過失相殺として斟酌するのを相当とするような事情であつたことを認めしめるような証拠はない。
五、以上のとおりで、本訴請求のうち、被控訴人福田うめの相続による七万七三五四円と葬式費用一〇万円および慰藉料三五万円合計五二万七三五四円、その他の被控訴人らそれぞれの相続による五万一五六九円と慰藉料二〇万円の合計二五万一五六九円の各支払を求める部分は相当であり、その余は失当であるから、原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条(職権)をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口茂栄 友納治夫 鈴木敏夫)